〜救われた「ユンカーズ・カム・ヒア」の命〜

今回の特集でとりあげた3本のうち、私がいまだに未見の1本が本作である。取材するにあたってやはりできるだけ下調べをしたいのだが、本作はそれほど見る機会が少ない1本ともいえる。では知らなかったのかというとそんなことはなく、過去に題名を1度だけ耳にして、興味をちょっとだけ持ったことがあった。日本のアニメーション映画の賞ではもっとも権威ある1つ、毎日映画コンクールアニメーション映画賞を受賞した時だ。
この賞、受賞作品を見るといかにすごいかがわかる。ここ数年さかのぼってみただけでも「人狼」(やっとこれも公開されましたが)、ドラえもん・のび太の南海大冒険」「もののけ姫」「「ブラック・ジャック」「紅の豚」などそうそうたる作品が並んでいる。しかもこの年は押井守の「攻殻機動隊」や、ジブリ製作、近藤喜文の「耳をすませば」、大友克洋の「MEMORIES」といった強力ライバルをけちらしてだった。しかしこの作品、小規模でのロードショーを終えてからは、リバイバルされることもなく、ビデオにもならなかった。そんな中、この作品のすばらしさを人々に知らせていきたいとこの映画を支持するファンの方々が、なんと自分たちで上映会を開いているという。その中のおひとりが今回インタビューさせていただいた『ユンカース・カム・ヒア』を観る会の濱田信一さんだ。

 

すごく消極的な出会いだった
−「ユンカース・カム・ヒア」という作品との出会いについて教えてください
濱田さん「実は最初の公開の時は見逃しました。ぴあに載っていた写真は良く憶えているのですが、TMNの木根尚登原作だし、とちょっと色目で見ていたのです。それから一年経ち、下高井戸シネマでリバイバルされた時、友人に薦められ観に行きました。そんな感じで『ユンカース』とは凄く消極的な出会をしました」
−作品に対してどのような感想を持たれましたか?
濱田さん「とても不思議な作品で、一言では言えない複雑な気持ちになりました。何より涙が止まらず、とにかくとんでもない作品を観たという記憶が鮮明に残っています」
−どのあたりが一番気に入られたのでしょうか?
濱田さん「何気ない日常の描き方が素晴らしい。一番というと、とても難しいのですが、科白のひとつひとつ、身振りや空気感といった映画を構成する部分部分の完成度が気に入ってます」
−ネットにて紹介サイトを立ち上げたのはいつでしょうか? またなぜサイトを立ち上げようとしたのか動機をお聞かせください
濱田さん「1998年の6月だったと思います。8月に上映会を予定していたので、それに合わせてサイトを立上げました」
−反響はいかがだったでしょうか?
濱田さん「ぼちぼち(笑)。そんなに宣伝しませんでしたし、作品の知名度も低かったので期待はしませんでしたが…。でも、メーリングリストなどに情報を流して頂いたようで、広がりは出来たと思います。反響という面では偶々、読売新聞の家庭面に載せて頂いて、その反響は凄かったです」
−サイト立ち上げにさいして、何か目標みたいなものはあったのでしょうか? たとえば劇場公開であるとか、ビデオ発売であるとか・・・反響はいかがだったでしょうか?
濱田さん「サイト立上げは上映会の仮決定後でした。ですので、主に私たちの上映会の宣伝が主です。それと『ユンカース』専門のサイトがありませんでしたので、それじゃ自分で…って感じでしょうか」

  

誰もやらないなら私たちがやればいい
−ビデオ発売、劇場再公開などが難しい状況で、かなり厳しい状態だったわけです。が、そんな中で自分たちで上映しようという流れになりますね。これは珍しいパターンです。たとえばファンが会社を動かしてというのはごくまれにあります。そういう形態はのぞまなかったのでしょうか?
濱田さん「最初、権利関係が理解出来なかったんです。そういう意味で実績のあった下高井戸シネマに話も持ちかけ、反対に自主上映という提案を受けました。下高井戸シネマでは『ガイアシンフォニー』をファン主導で上映した実績があり、その形態を真似させていただきました。要は会社を動かすというところに考えが及ばなかったのです。なんだかとても消極的ですが、誰もやんないのでやっているのが本当のところかもしれません(笑)」
しかしそれはリスクを背負うことにもなるわけです。そのあたりはどのようにお考えだったのでしょうか?
濱田さん「まず、私たちが観たいという気持ちがありました。例えば10人で観ても満足したと思います。リスクについては、ある程度貯金もありましたし、考えていた旅行を中止して上映会に充てました。そんなに覚悟があったわけではありません。ただ、上映会に失敗したら作品に迷惑が掛かる、それだけは避けたいな…とは考えてしました」
−上映の権利をもっていたのはどこだったのでしょうか?
濱田さん「1998年夏の時点では『ユンカース』を制作したトライアングルスタッフが権利を持っていました。その事についてはサイト立上げ前に製作元のバンダイビジュアルに問合せて教えて頂きました。ちなみに現在はバンダイビジュアルで管理しています」
−上映してほしいというような交渉やお願いはされたのでしょうか?
濱田さん「最初に劇場と交渉したので、配給元に上映をお願いすることはありませんでした。細かいことは憶えていませんが、フィルムの交渉を始めた時には私たちが上映することに決まっていたような気がします」
−その会社の対応はいかがだったのでしょうか?
濱田さん「私たちはモーニングショーで1週間を考えていたのですが、折り合いがつかず1日のみの契約に落ち着きました。そういう意味では思った様に行きませんでした。でも、当方は「プリント料」という言葉さえ知らなかったド素人だったわけですから当然かもしれません」

 

作品と観客が支えるが『いのち』
−作品にいのちという言葉が適切かどうかわかりませんが、この作品はまさに瀕死の状態でした。映画館ではかからない、ビデオにもならない、人々の記憶の中にしか生きられない状態だったわけですが、そのような状態になってしまった原因は何だったとお考えでしょうか?
濱田さん「私も長年映画ファンをやっているわけですが、なぜこの様な作品が生まれるんでしょうか。不思議です。漠然と思うのは「全米No.1」に代表される作品の安売りと、日本に於ける評論システムの欠如だと思います。作品と観客を結ぶ仕組みがしっかり確立されてないのでは?と感じます」
−「ユンカース・カム・ヒア」はロードショー公開時、レビューはよかったものの興行成績は芳しくありませんでした。はじめてご覧になった時に、そのことはご存じでしたか?
濱田さん「全然知らなかったんです。当時から映画の興行には興味無かったし、状況とか考えてませんでした。実際、上映会を開くまで当時の事は分かりませんでした」
−通常の映画ビジネスを考えると、劇場上映→ビデオ発売でいったん完結します。そういった意味ではこの作品はすでにビジネスとしては「終わった」作品になると思うのですが、配給・興行の人間はどこまで責任を持つべきだと思いますか?
濱田さん「御商売ですから責任を問うても仕方ない気がします。配給側の体力や世の中の雰囲気もあるでしょう。ビデオ化され、望む人に作品が届くなら「完結」と考えていいと思います。残念ながらBS・CSのみの放送では満足しないでしょう」
−いわゆる商業的な部分として、配給会社も興行会社もビジネスである以上、様々な考えのもとに決断をするわけです。ビデオ発売されるだけでも充分では・・・という意見もあるかと思います。濱田さんはフィルムでの上映という部分に何かこだわりはあったでしょうか?
濱田さん「フィルムの質感がとても好きなので、大好きな作品はフィルムで観たいと考えています。あと好きな映画を皆で観る…ハリウッドの大作みたいにアトラクション風じゃなく、そっと見守る様に見つめる…そういう風に作品を観るのが好きなんです。だから『ユンカース』をフィルムで観るというのはコダワリの極致です」
−「ファンはリスクを背負っていない」立場であるという点は否定できません。しかしあえて今回リスクを背負ってという気になったのはなぜなのでしょうか? 先ほども「私たちが見たい」という言葉と「誰もやらないから」という言葉がありましたが、しかしそれでもやはり個人の行動としてはリスクが大きすぎるような気がしますが・・・
濱田さん「まず最初はリスクを負えば上映出来るという喜びがありました。確かに3年目を迎え、ちょっと大変かな…とも感じていますが、多くのリクエストに応えてみたい、と続けています。上映会に来た方々に「是非、来年もやって下さい。必ず観に来ます」と言われると頑張んなきゃ…と思ってしまいます。リスクそのものは借金とか大袈裟な物はありませんので、割と気楽にやっています。多分、海外旅行に行く前にどきどきしている様なリスクだと思います。実際、当日の劇場でお客さんを待つドキドキ感は普通では味わえないものです」

 

下高井戸シネマとの出会い
−下高井戸シネマでのモーニングショーという形態は「ユンカース」にとってプラスになったとお考えですか?
濱田さん「上映会を開くまで殆ど聞くことのなかった『ユンカース』の話題を雑誌等でもチラホラと聞くようになりました。あと世田谷線沿線が舞台ですから、下高井戸ではご当地映画の面もあります。まず知って頂く、そして観て頂くという方向で活動していますので、プラスの相乗効果があったと思います」
−チケットの売れ行きとはいかがでしたか?
濱田さん「前売券はありませんでした。反応が分かるので、是非やりたいと考えていますが…人員的にもシステム的に難しいですね」
−観客の反応はいかがでしたか?
濱田さん「物凄く良かったです。まさか自分の行なった上映会で暖かい拍手を頂けるとは思っていなかったので、それを聴いて涙が出てしまいました。アンケートも書いて頂いて、少しだけ私のサイトで読めますが、絶賛が殆どです。また下は10歳くらいから上は80歳の方まで、幅の広い方に楽しんで頂けたようです。これだけ幅広い方に支持される映画というのも珍しいと思います」
−今までの上映会ををどう評価するかなのですが、濱田さんは成功と評価されていますか?
濱田さん「局所的な成功でしょうか。現在のことろ、外に広がる力は弱いと思います。欲をいえば、観た方が自分でも上映してみたい…と言ってくれると本当に成功かもしれません」
−上映会のあとの動きについて、少しご報告いただければと思います。サイト管理者の目から見て、サイトを訪れる人の状況に何か変化を感じられたでしょうか?
濱田さん「サイトの方はちょっと増えた感じです。一番嬉しかったのは昨年、主人公の通う学校のモデルになった赤堤小学校の校長先生より上映したいので手伝って欲しいという依頼を受けたことです。作品の舞台である小学校の児童さん全員に作品を届けることが出来て、上映して本当に上映して良かったと思いました」
*下高井戸シネマでこの作品を上映する経緯に関しては、当サイトのマンスリースペシャル2000年4月号でも特集記事が掲載iされていますのでごらんください。

 

気長にやっていきます
−残念ながらマスコミではこの作品に対しての紹介が少なかったとおもうのですが、マスコミのレビュー、紹介などで印象に残ったものはありましたか?
濱田さん「いえ、私は全てに於いて後追いなんです。一つ、ぴあのスケジュールに載った絵とキャプションは何となく憶えています。それだけですね」
−いわゆるパブリシティとしては新しい形態であるインターネットによる情報伝達で何か強み弱みみたいなものはあったでしょうか?
濱田さん「話題性のある作品には効果があると思います。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』が良い例で、反対に話題性重視になる可能性も高いのではないでしょうか。『ユンカース』の話題をネットで見掛けると「泣ける映画」と紹介されることが多いのですが、そういう先入観を作り易いところに少し危惧してます」
−今後この作品のビデオ発売や再上映などは何かあらたに予定が入ったでしょうか?
濱田さん「いろいろ噂を聞きます。字幕を付けてヨーロッパの映画祭へ…とかファンとしては日本の素晴らしい作品をまず海外で評価、という嬉しくない噂もあります。あと再上映についてはミニシアターを経営されている方にお願いしたいと思います。是非、ご検討ください」
−このようなケースが成立したというのは素晴らしい出来事だと思います。しかし映画界の現状を考えると今後もこのようないのちを奪われるケースは避けられそうにありません。そういった時に今回のような方法でファンが行動することで再びこういった素晴らしい出来事は起きていくのでしょうか?それとも今回だけの特別な出来事なのでしょうか?
濱田さん「どうでしょうか、幾つかの例はありますからユーザ主導型の上映もあり得るとは思います。ただ素晴らしい作品は最初から評価されて欲しいですね」
−今後濱田さんはサイト運営を通して「ユンカース」のことをこれからもアピールされていくのでしょうか?
濱田さん「今後、16mmでの個人上映を考えているので、もっと重要になって来るかもしれません。気長にやっていくつもりです」
−これから濱田さんの人生でまた素晴らしい映画と出会うことと思いますが、もしそれがまた今回と同様な不幸にあったらどうされますか?
濱田さん「『ユンカース』は完成度からいえば、メジャーな映画です。ジブリ作品のそれに匹敵しますし、この作品がお蔵に近い状態にあるのが変なのです。それは観て頂ければ理解出来ると思います。ですから、もし何らかの形で上映会を行なうなら、不幸とは言わなくても自分が観たい作品『ミツバチのささやき』や『シベールの日曜日』なら機会があったら上映会を開いてみたいと考えています。幸、不幸は置くとして、私自身のライフスタイルに合った作品にこれからも接して行きたいと思います。その上で、どうしても我慢出来ない事態になれば、また自分でやるでしょう」

私と濱田さんとの関わりはなんとも不思議な形であった。下高井戸シネマを知り、アイアン・ジャイアントを知り、それぞれのルートからこの作品を知ることとなった。今、わたしはどんな作品なのかと心を躍らせている。それは自分では知り得なかった世界を切り開いていく冒険者の気持ちと似ているのかもしれない。そういう意味で本来ならばナビゲーターとなる評論家やマスコミのかわりに、ファンでもそういうことが上映も含めてできるのかもしれないというまた新たな可能性を垣間見たような気がする。濱田さんの活動は大変地道であるが、しかし作品をみた人の心には大きな何かが残っていることだろう。そしてそれが映画の持つ本当の力であり、ファンのはたす大切な役割なのかもしれない。

取材協力:濱田信一(文中敬称略)
インタビュー&文:じんけし

緊急告知!
ここまで来たら自分の目で確かめるしかないでしょう!
◆下高井戸シネマにて8月モーニングショー決定!
『ユンカース・カム・ヒア』上映会
場所:下高井戸シネマ
京王線・東急世田谷線 下高井戸駅下車

日時:2000年8月12日〜18日
連日AM10:00より1回だけの上映です
料金 大人1,500円 / 学生 1,200円 / 中・小・幼・シニア 1,000円

おまけリンクデータ

濱田信一さんの「ユンカース・カム・ヒアを観る会」ホームページ
*作品に関してや上映情報などが掲載されています。
http://member.nifty.ne.jp/junkers-come-here/