シネコンによって映画館数が増加している一方で、1000席前後のキャパシティを誇る大型映画館が
ここ数年で首都圏から消えていった。大型映画館は果たしてもう必要ないのか?
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データをあらためてながめるとびっくりなのだが、実は首都圏で座席数1000以上の映画館は5館しかない。しかも銀座・日比谷・有楽町地区には、もう1館しか残っておらず、その1館も1984年にオープンした日本劇場なので、古き良きタイプは1つもないといって差し支えないだろう。私が映画を本格的に見るようになってから、有楽座が1984年に閉館したが、ここ数年でたてつづけに日比谷スカラ座、松竹セントラル1が閉館した。ちなみに両跡地とも再開発の計画があるが、スカラ座跡の建物内には映画館ができるものの同規模ではないことが発表されており、松竹セントラル跡地はどうなるかは未定である。 |
では現在の大型映画館運営は苦しいものなのか? 確かにその要素は大きな要因の1つである。松竹セントラルの閉館に際しては立地条件の悪さによるという点があげられていたのは事実であるし、どの館も遠からずそのような苦労はあるであろう。しかしそれだけとも言い切れないところがある。
たとえば昨年の洋画配給収入ランキングベストテンを見ると、そのうち7本はこの5館のどこかで上映されている。当然のごとくこれらの映画館は、東宝系、松竹東急系それぞれのフラッグシップ的存在でメインチェーンとなっているゆえ、それなりの作品をやっている。作品さえよければこれらの映画館は充分な動員力をまだまだ持っている。つまり動員面から言えば、大都市のターミナル駅周辺では、不入りで困ることはあってもだからといって不必要とは言い切れないはずだ。やはり「1回の上映で多数のお客様を動員できる点」(渋谷パンテオンスタッフ談)は大きなメリットである。 | 1999年洋画配給収入ベストテン
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また新宿ピカデリー1の山田直人氏は「お客様にとってのメリットは、やはり大スクリーンの迫力と臨場感」との答えだった。「大は小を兼ねる」という点は、映画館側、観客側ともにメリットがあるといえるのだろう。さらにはこれらの大型映画館はイベント会場としての性格も持っている。たとえば日本劇場は東宝作品の完成披露試写会場であるし、渋谷パンテオンは東京国際ファンタスティック映画祭の劇場として知られている。
無論デメリットはある。まず「興行的に失敗した作品を上映している場合、場内は閑散としたものになる」(渋谷パンテオンスタッフ)という点。これは効率からいえば相当つらい。シネコンが隆盛である理由の1つとして、こういう状況に対するアンチテーゼであるという部分はご存じであろう。また「人員をそれなりに配置しなくてはいけないので人件費問題も悩みのタネ」(渋谷パンテオンスタッフ)という点も大劇場ゆえの悩みかもしれない。面白いのは「高度に芸術的な作品や実験的な映画は小さな劇場で見た方が集中力が持続するかなと思います」という前出、山田氏の意見。なるほど、大型映画館は作品を選ぶという点はそうかもしれない。著名な撮影監督ビットリオ・ストラーロは大型スクリーンが似合うような映像を撮影するためには多大なエネルギーを画にこめておかないと観客を引き込むことができないとインタビューで語っていたことがあるが、そこにも通ずるものがあるかもしれない。ただ前者2点などは以前にくらべて急激に深刻化した問題ではないといえるし、後者はむしろ映画のイベント化、スペクタクル化は進んでいて、似合う映画が減ったとも思えない。ではなぜ大型映画館は減ってしまったのか? そしてなぜ大型映画館は新設されないのか?
大きな原因の1つに映画館という施設が経営側にとって意味合いが変わってきているということがある。映画館は現在単独の建物で建設されることはまずない。観客動員だけではテナント料などを納めることはまず無理だからだ。したがって現在の映画館は集客施設として、ショッピングセンターなどの中に併設されることが多い。お気づきの方はいるだろうか? 実は近年建設の映画館は必ずといっていいほど可能な限り上のフロアにあることを。これもその施設の客の流れを作るためであって、映画を見るために来た客は必然的に最上階に向かうことになり、帰路は下のフロアを必ず通る(つまり店舗やレストランなど)という計算だ。映画館は客寄せなのである。しかしここで問題が起きる。それは消防法の絡みである。映画館は不特定多数が集まる施設になるので消防法の規定がきわめて厳しい扱いになる(近年ようやく非常灯の消灯が認められたが、それすら旧来の施設ではOKが出ないことも多い)。ここで問題になるのはある程度の高さより上に作ろうとすると、避難スペースの確保が問題になってくるということ。その証拠に日本劇場以外の4館のうち3館は1階、1館は一応2階にある。ちなみにあまり知られていないが日本劇場のある有楽町マリオンは消防法をクリアするためにこの建物はかなり神経を使っているということ。ここは9階に4つ、11階に1つの映画館が作られているが、当初はOKが出なかったそうである。このような高さに不特定多数(しかもかなり多数の観客が想定される)の動員施設があるというケースは珍しかったためで避難スペースが問題になった。このビルは西武と阪急が入店しているが、なぜか8階がかなり広々としたスペースとして残されている。実はこれは避難スペースのためなのだ。大型映画館がやっていくためには前記の通り、それなりの都心部でないと動員力は落ちる。しかしそんな場所に映画館が入れるだけのスペースがあるビルの採算を考えると、とても3階とか5階の高さではやっていけず、必然的に高いものになっていく。すると上層階の設置が望ましい映画館は作りにくい状況になるということなのだ。さらに大型映画館を1つ作るより、小型〜中型映画館を複数作った方が客寄せ効果は大きいのは自明の理。大型映画館が興行的に絶対優位ではないという点は間違いない。
またシネコン側からのアンチテーゼとしてスクリーンサイズの大型化という点があげられる。
これは意外な盲点であるが、実は座席数とスクリーンの大きさは必ずしも比例していないという事実がある。
たとえばシネスコサイズ上映のスクリーンの大きさ比較は別表の通りであるが、シネコンはかなり大型画面を作っていることがわかる。しかもスクリーンからの距離を見やすい程度で短めにしてある分、大きな画面を見たという印象がする。つまりただ単に大きなスクリーンで見るという点で語るならば、かならずしも多くの座席数は必要ないということになる。さらに一般的に大型映画館はスクリーンの見やすさ、音響設計の良さという点で、クオリティの確保が通常の映画館に較べて難しいという側面がある。 | スクリーンの大きさ比較
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ではそれでも大型映画館に何か魅力を見いだすことができるのだろうか? 私はイエスだと思う。なぜなら大型映画館が似合う作品があるからだ。たとえば「ベンハー」を見るときに、スクリーンの大きさが同じ映画館が2つあるとしよう。音響システムも質も同じ。視聴距離も含めてさまざまなコンディションが同じで、唯一違うのは映画館内の床面積だけだとしよう。あなたなら300席の映画館と1000席の映画館、どちらを選ぶだろうか? 私は即座に後者を選ぶだろう。
渋谷パンテオンスタッフ、そして新宿ピカデリー1の山田氏に、過去の上映作品で一番ふさわしいと思った作品をたずねたところ、ともに「(1982年の公開にも関わらず)いまだに動員記録を破られていない」(渋谷パンテオンスタッフ)『E.T.』をあげたのが興味深い。両館ともにファーストランの興行・動員記録を持っている作品で、これはとてもよくわかる。あの作品を1000人近い超満員の客席で見ると、さぞかし盛り上がったであろうし、それはとても幸福なことだ。また山田氏はもう1本「タワーリング・インフェルノ」もあげてくれた。S・マックイーンやP・ニューマンをはじめとするオールスターキャストが繰り広げる超高層ビル火災を題材としたパニック映画は、まさに大型映画館のためにあったような名作といえる。私も渋谷パンテオンで開催された東京国際ファンタスティック映画祭で「ブレードランナー最終版」を見たときの興奮、大拍手は忘れることができない。日本劇場で開館初日に「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」をすし詰めになって見た感激。日本で初めてのドルビーデジタル上映館の1つとなった新宿プラザでの「ドラキュラ」は、大きな劇場空間に響き渡るストリングスの音に瞠目させられた。私もそうであるが、70ミリ、シネラマという大型映画フォーマットの言葉に胸躍ってしまう映画ファンもいまだに多いと思う。有楽座がなくなってしまった時、私はとても哀しかった。日本一の大スクリーンを誇った名古屋ヘラルドシネプラザ1(旧中日シネラマ劇場)が閉館になった時は胸が締め付けられる思いがした。器がでかいというのはホームシアターでは物理的に無理な世界を味あわせてくれる映画ファンの夢の空間なのだ。そして多くの観客と大笑いしたり、息をのんだりすることの楽しさを知っている映画ファンにとっては絶対に消えて欲しくない場所である。せめて既存の5館がなくならないように、そして最新テクノロジーで武装した大型映画館が1つでも新設されて欲しい。そう願わずに入られない。(文中敬称略)
取材協力:渋谷パンテオン、新宿ピカデリー1(山田直人氏)
文:じんけし
おまけデータ
館名 | 渋谷パンテオン |
開館日 | 昭和31年12月1日 |
動員記録 | 日計「ロッキー4」 ファーストラン累計「E.T.」 |
館名 | 新宿ピカデリー1 |
開館日 | 昭和33年10月27日 |
動員記録 | ファーストラン累計「E.T.」 |