−シネプレックス幕張鑑賞レポート−
※このレポートは2002年8月に初筆したものを2004年に加筆したものです。現状と違う部分がある可能性があります。
 映画配給会社である日本ヘラルド映画の劇場部門として誕生したヘラルド・エンタープライズは、ガーデンシネマというミニシアターとシネプレックスというシネコンを持っています。シネプレックスの1号館は平塚にあり、ここは途中でメイン館をTHX対応にするなど、なかなかのこだわりがある映画館ですが、そのシネプレックスの4号館が幕張にオープンしました。中でも注目はHDCSという独自のシステムを採用したこと。今回はHDCSを採用した9番スクリーンのレポートです。まず場所ですがJR京葉線の海浜幕張駅下車。幕張メッセや千葉マリンスタジアムがある駅で、そちらとは反対側の駅前にあるメッセアミューズモールの中です。奥の方にちらっと写っていますが話題になった外資系スーパー「カルフール」がそばにあります。
さて驚かされたのが場内のレイアウト。スペースにゆとりがあったのでしょう、天井も高く円形になっており(写真・左)、かなり贅沢に使われています。何よりぱっと入った瞬間にチケット売り場から、コンセッション、グッズショップ、劇場入り口、トイレまで、すべて見渡せるのはいいです。チケット売り場では座席位置を確認させてもらえます。チケット売り場の奥の方にはTHXや音響プレート類がありました。笑ってしまったのがトイレ。手を洗う所の上に、なにやらボードが(写真・右)。実は映画の名セリフ集。まあ、だからどうしたという類ですが、映画館は映画ファンをニヤリとさせる工夫があっていいものですから、こういう趣向はいいと思います。

 さてHDCS<Herald Dynamic Clear Sound>ですがこれは新しい音響フォーマットではありません。(このネーミングは正直言ってまぎらわしいのでやめてほしいです(汗))。ではいったい何なのかというと、映画館自体の再生システムの方法ということでよいと思います。ただプレスリリースにあった「THXに縛られないエキサイティングサウンドの追求」という一文の意味は何なのかなあと思ったのですが、中に入ってサラウンドSPを目にしたときに「ははーん」と思いました。そこにあったSPはTHXのセオリーとはまったく違う大型のものだったのです。
 THXは1つの認証システムですが、それは映画製作のダビングステージの音と同じクオリティで、観客に楽しんでもらいたいという意図があります。しかしそこにはある制約が生まれてきます。機器です。確かに信頼あるメーカーの音響機器が選択されていますが、その認証機器の数はそれほど多くはありません。また新しい機械は認証されるまでに時間がかかり、小さなメーカーのものはなかなか認められません。さらにTHXの考え方としてサラウンドSPは無指向性の小型スピーカーということがあります。この点は徹底されていて、リアSPはセッティングに関してもうるさく、従来の埋め込み式ウォールスピーカーの類は認めていません。つまり優秀な機器でもTHXのセオリーに沿っていなければ認められないと言うことです。
 THXは確かに意図として素晴らしいものでした。しかしTHX認証の映画館があまり珍しくなくなってきた昨今、私たち映画ファンは、THX認証を受けている映画館でも音の傾向に違いがあること、さらには認証を受けていない映画館もレベルアップがされていることを実感できる時代になってきました。どうやらここがHDCSの狙いのようです。つまりTHX認証クラスの優秀なシステムを導入しつつも、細かな制約でデメリットになると劇場側が判断した部分はあえて縛られないという意味ではないでしょうか。
機器類で劇場側がウリにしているのは以下の点。
・メインスピーカーシステムはElectro-Voice社(以下EV)のVariplex-XL
・サラウンドスピーカーはステージスピーカーにも対応できる38センチ大型2ウェイ EVのSX500+
・サヴウーファーの本数を2種6台に増やし、Amcron社のK2を3台使用して駆動。
・無響室で使用される、楔形のグラスウール吸音材を採用
さてどんな音をきかせてくれたでしょうか?

トータル・フィアーズ
(2002年8月12日シネプレックス10幕張9 SRD)

まず画面は本当にみやすくなっています。シネスコが自然に視野に入り、体感サイズも大画面を実感できるものになっています。場内のデザインも黒とグレーが基調になっていて、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。シートは硬め。前の座席にフックがありますが、前後の間隔はやや狭め。背面の楔はちょっとぎょっとしますが、それほど目立ちません。で、音ですが、傾向としては典型的なEVのそれ。クセが少なくすっきりとした音です。同じEVの日比谷スカラ座1と傾向が似ていますが、全体のバランスとしてはこちらに軍配があがるでしょう。クラシカルな堂々としたサウンドをきかせてくれました。シネプレックスの平塚の音はかなり個性的なしっとり系でしたが、ここのセリフのなり方にもその名残はちょっと感じられます。何よりも特筆すべきがその音場の厚さと音の定位のすばらしさ。これは近年オープンした中でも最高レベル。どこにソースがあるかがはっきりとしている。これはおそらくサラウンドSPユニットの大きさというゆとりが生み出したものだと思います。また昨今のサウンドデザインの傾向として、サラウンドチャンネルでも低域音成分が多く録音される点があります。また低域のなり方にはいかにも、という強調のされ方がなく、とてもいい感じです。THXシアターと比較しても遜色なく、むしろそれらに対しても充分対抗できる優秀な劇場です。ただし弊害もあってリアのなりすぎからか、やや音楽がうるさく感じられる場面がありました。想像するに、この映画館はアクション系などの大音量で楽しみたい作品に似合うのかもしれません。

<補記>
それからかなり時間がたってしまいましたが、同じ幕張のTHXシアター。10番でも鑑賞しました(2003.05.31 マトリックス リローデッド SRD)。結論から言うと私は9番の方が好みです。キャパは100席近く違うのですが、大画面でみたという実感があまりなく、また音の傾向も平板な印象(この点は平塚のTHXと同じ)。音に余裕がないというか、力業で押し切ってしまっている感じで、大音量がやや耳障りでした。


日本にTHXシアターが登場して10年以上。素晴らしい設備をもったシネコンが多数うまれました。私が住んでいる神奈川県ではTHXシアターのあるシネコンだけで何と7ヶ所もあり、今や自分の好みのTHXシアターをチョイスできる時代が来ています。反面どこも似たような個性の映画館が多いのも事実で、この作品はここでみたいという想いを持たせてくれる映画館が少なくなったとも言えます。そういう意味で、THX=最高ではなく、THX=ひとつのスタンダードととらえたシネプレックスの試みは大歓迎です。たとえばSDDSにぴったりの映画館とか、ドラマに特化した映画館など、設計者の思想を感じる映画館の誕生をこれからも待ちたいと思います。

文:じんけし