−ワーナーマイカルシネマズ板橋レポートとシネコンの行方考察−
ワーナーマイカルシネマズ(以下WMC)が1993年、海老名に第1号館をオープンしてからすでに7年。この7年間で31カ所ものシネコンをオープンし、大勢の予想をくつがえして、あっという間に興行の世界では無視できない影響力を持つほどの存在にまで成長してきた。今回は5月25日にオープンしたWMC板橋のレポートを中心に、WMCの戦略、シネコンの行方も含めて考察し、レポートしたいと思う。 |
4月22日、お台場にシネマメディアージュがオープンし、一般のマスコミも大きく扱っていた。しかし一部興行関係者の間で行方が注目されていたのは、実はこちらのWMC板橋の方だった。考えてみるとシネマメディアージュ(お台場)や今夏オープン予定のAMCイクスピリア(舞浜)はどちらかというと観光スポットに併設されている形といえる。しかしWMC板橋は違う。ベッドタウンである東武練馬の駅前。住宅地が発展し、しかもWMCにとって初の都内館(もっと言うならば、いわゆる外資系シネコンで都内オープンは今回が初)。15分もあれば池袋という繁華街があり、既存の映画興行街がある。以前WMC福島がオープンするにあたって、地元の映画館フォーラムとの軋轢が表面化したり、WMC弘前の時は青森の興行組合が反対運動をおきたりということがあった。他にも今までシネコンが新規オープンしたことで既存館が大打撃を受けたケースが多いことを知っているならば、なおさらこちらが気になるというのはよくわかる話だ。事実WMCみなとみらいでは横浜、関内の映画館とのかねあいから新作の同日公開が思うように行かなかったという事実もあり、それだけ既存の映画館の経営側は戦々恐々だったのである。まさに既存の首都圏の映画館を直撃する巨大ハリケーン級のニュースといって差し支えない。 | |
すでに成熟の域に達したレイアウトと設計 | |
まず驚いたのが、ショッピングセンターサティの混雑の度合い。WMC新百合ヶ丘オープンの時と較べでも大混雑という表現がぴったり。さて映画館の方は12スクリーン。そのうちスクリーン8がTHX認証を受けている。まず素晴らしいのがその無駄のないレイアウト。みなとみらいでも本当に感心したのだが、ロビー面積はそれほど広くないにもかかわらず天井は高く空間は広々と感じる。しかしトイレ、通路やショップ、映画館の配置などは今までのノウハウがしっかりといかされている。シネマメディアージュが豪華で贅を尽くした印象とは対照的である。また細かなところに工夫があり、たとえばチケットをもぎってもらったあとの通路にはワーナーのキャラクターがボイス入りで案内してくれる。それぞれの入り口には音響フォーマットが明示されている。しかーし! ホットドッグにトッピングできるはずのオニオンがない! なんでだー! もしこれが板橋だけの措置だとすると何とかしてもらいたいと思う(笑) さて鑑賞したのは「アイアン・ジャイアント」。スクリーン10での上映で、座席数296で2番目の大きさ。これがまたとても300前後のキャパとは思えない広さと画面の大きさ。不要な物をつけないシンプルな作りは、WMCの映画館設計が成熟した物になってきたことを感じる。シートはみなとみらいと同タイプの物。そして音だがこれがすごい音量。ならしの意味合いもあったのかなと思ってしまうぐらい。dtsだったが、音の傾向はからっとした典型的アメリカンシアターサウンド。オープン初日ゆえだったか、繊細さはもう一歩だったが、素性のよさがわかる音で期待がもてた。 | |
↑チケットブース奥にTHXのプレートがあった。 | |
WMCの功績と戦略は? |
WMCの大きな功績は2つある。ひとつめは映画館としての設備投資やサービス導入を積極的に行ったことによって映画ファンからの信頼を得たこと。国内商業館初のTHXシアターの建設、各種割引サービス、ドリンクホルダー、スタジアムシート、きれいな内装、おいしいポップコーンやホットドッグなどなど、それからの影響力を考えてみるとすごいものがある。もうひとつは今まで眠っていた客層をあらためてほりおこしたことである。映画を見る人は大別すると2つのグループに分けられた。ひとつは映画を見るために繁華街まで足を運ぶ人、もうひとつは繁華街に来たので映画を見る人である。前者は入れ替わりはあるもののコアな層であり、微増微減はあるものの人数的に劇的な変化は見込めない。様々なレジャーに興味を示す後者をいかにとりこむかがポイントだったのであり、WMCをはじめとするシネコンはそんな客層のハードルを低くし、ふたたび呼び起こしたのだった。面白いデータがある。実はWMC新百合ヶ丘がオープンするにあたって関係者の間である懸念事項があった。商圏に関してである。神奈川では3つめのWMCになるわけだが、新百合ヶ丘は海老名と同じ小田急沿線で急行で3駅目22分。しかも新宿からでも急行で27分。しかしそんな心配は無用だった。シネコンにはもちろん熱心な映画ファンも訪れてはいるが、近隣の住民が大きなウェイトをしめており、その商圏は今までの映画館オープンのリサーチの結果とは全くタイプが違ったのだ。成功しているシネコンが、ほぼ間違いなくオープン当初より客足が伸びているケースが多数見られるのも、その点と大いに関係がある。シネコンの商圏は繁華街のものより狭い。よっぽど近隣同士で争わない限り、パイの食い合いは起きにくいのだ。しかしターミナル駅にある既存の映画館は、沿線に出来るだけで大打撃である。つまりシネコン同士での食い合いは少ないものの、シネコンvs既存館では圧倒的に既存館が不利なのである。現在ある外資系大手シネコンは4つ。WMC、ユナイテッドシネマ(以下UCI)、ヴァージンシネマズ(同VC)、そしてAMC。それぞれのチェーンの戦略を考えると、WMCの特徴と強みが見えてくる。まずマイカルグループとのチームだからできる戦略として、集客施設としての役割を果たしているシネコンとショッピングセンターが相乗効果を生みだし、前述した「ついで映画を見に行くか」という客層をターゲットにしていること。また映画館のパッケージとしての優秀性を追求し、お金をかける部分とそれほどでもない部分をしっかり見極めていること。たとえばVCや松竹のMOVIXなどが必ず1館はTHXシアターを作っているとは対照的で、WMCは地域の中で1つぐらいしかTHXシアターを作っていない点。THXシアターの認証プログラムに参加するのは通常の映画館運営にくらべてはるかに経費が掛かる(倍近く違うという話がある)。まず設計・施工費(特に場内をNC25レベルにするのが大変らしい) それから年に数回あるルーカスフィルムからのチェック。代理店が日本にはないので、なんと招聘費も劇場持ちとなるそうである(笑)。海老名ができたあたりではTHXシアターを作りたくてもコストの問題などで作れなかった。しかし今ではTHX認証を受けるよりはその分設備投資にまわした方がコストパフォ−マンスがよいという考え方をしているので、ノウハウはいかしつつも、すべてのWMCにTHXシアターはあえて作らないでいるということ。このあたりにもWMCの戦略が見える。 |
すでに次のラウンドが始まっている |
WMCに一日の長があるのは明白だ。しかしながら他も相当強力なライバルであるのも間違いない。特にVCはポイントサービスなどをはじめ、独自のサービス戦略をうちだしている。またシネコン同士の競争も、今後さらに数が増えることを考えると安閑とはしていられない。さらに既存の興行館との競争もこのままにはならないだろう。WMCは映画館として今まで日本の興行界がおざなりにしてきた部分を改善し、質のよいサービスを提供したことで現在の信頼を勝ち得た。しかしもはやそれはシネコンのスタンダードとなりつつある。この世界では停滞は退化を意味する。今後の行方を興味深く見守っていきたいと思う。 |
おまけデータ
日本全国のWMCシアター | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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文:じんけし 2000.05記