−日劇PLEXレポート−
有楽町マリオン内の日劇3館(日本劇場・日劇東宝・日劇プラザ)が3月日劇PLEXとしてリニューアルオープンしました。なにしろここは東宝本社のお膝元、有楽町。そして中でも日本劇場は豪華なシートや内装と充実の音響設備を誇り、圧倒的な動員力で東宝のフラッグシアターとして君臨していました。しかしオープンから18年、設備的なアドバンテージがなくなった中で、再びフラッグシアターとなるための休館改装となりました。はたしてどのように生まれ変わったのか、特別編としてレポートします。

日本劇場の歴史、そして映画音響の大波

 1984年現在の地に有楽町マリオンが完成、同時に中に5館の映画館がオープンしました。中でも日本劇場はそのころ我々観客が考えていた映画館の究極として登場しました。1008席の堂々たる空間(なにしろ結果的にこれを最後に関東圏には1000席規模の映画館は新規オープンしていません)総絨毯敷きで壁面にステンドグラスをあしらった絢爛たるロビー、ふかふかのシート。さすがの内装でした。しかし私にもっともインパクトを与えたのが音でした。まったくの素人(今でもそうですが(笑))の中学生だった私が、上映2作目となった『ゴーストバスターズ』で瞠目させられました。なぜなら今まできいてきた映画館の音とはまったく質の違うクリアで迫力のあるサウンドだったからです。アルテック社のボイス・オブ・ザ・シアターシステムによる堂々としたホーンスピーカーの音。スーパーウーハーによるキレのある低音。とてもアナログとは思えない繊細なダイアローグ(台詞)の響き。後日ここで知人と『ターミネーター2』を鑑賞したときのこと、この人とは一緒によみうりホールにて試写もみていたのですが、「全然ちがう!」と感激していたのを思い出します。こんなエピソードは私の周囲にごろごろしてます(汗) またうれしかったのがパンフレットに劇場名が入っていたこと。本当にここは他とは違うんだという認識をさせられました。しかし私の中で日劇が最上位にならなくなったのが、やはり音で、でした。
 そもそも映画に音がついたときから、映画館のすべての客に音を届かせるかというのは難問として立ちはだかっていました。制作者には録音で、興行側は再生でさまざまな工夫をしています。映画館は大きなスピーカーで大きな音を出せばよいのではとお考えでしょうが、そう簡単にはいきません。なぜなら大きな音は歪みやすく聞きにくくなるからです。また当時はオプチカルトラック(光学再生)が主流ですからSN比もよくないので、ノイズも比例して大きくなります。そこで出てくるのが映画館自体をなりものとして響かせて、再生を助けるという発想が出てきます。つまり昔の映画館は大きな音をより効率よく響かせることがもとめられたのです。やがて映画の音の世界にもデジタルの波が押し寄せてきます。制作現場でデジタル機器が導入されて、オプチカルトラックによる再生では収まりきれないという不満が高まってきます。そこに出てきたのがドルビーデジタル、dts、SDDSというデジタル音響システムです。これによる再生帯域は飛躍的にひろがり、音も抜群によくなりました。そしてそれは制作者側に映画サウンドデザイン自体を根本的に変えてしまうだけのインパクトを与えたのです。ところがこれは従来の映画館に思いもよらぬ影響をもたらします。もともとの素材がパワフルでエネルギッシュなものに変化したことで、映画館がもっていた効率よく再生するという役割は余分なものとなったのです。
 dtsは『ジュラシック・パーク』で日本初見参となりました。もちろん私は日本劇場で鑑賞。でもその年の2月にドルビーデジタルを新宿プラザの『ドラキュラ』で体験した時ほどのインパクトは感じませんでした。むしろ何か耳に心地よくなかったという印象の方が強かったのです。ところが数週間後、この作品をオープンしたばかりのワーナーマイカルシネマズ海老名の7番スクリーンで同じくdtsで鑑賞したとき、まったく別物の印象をうけました。クリアでパワフル、そしてナチュラル。そこには従来の映画館の音とは方向性のまったく違う音がありました。やがてこの映画館はデジタルサウンドではトップクラスにはならない映画館であることを痛感し、その後、私は日本劇場では4作品をみて行くのをやめてしまいます。これは他の映画館でも同様で日劇東宝で『もののけ姫』を鑑賞したときのこと、私はあまりの再生バランスの悪さにめまいがしそうになりました。一番ひどかったのが祟り神となったオオイノシシの言葉がまったく聞き取れなかったこと。とにかく低音はひびきすぎ、ダイアローグにはまるでエコーがかかったよう、弦楽器の繊細さが欠けていました。旧来のサウンドに特化されすぎたところほど、だめだったのかもしれません。
 というわけで内装はともかく、私にとって今回のリニューアルで一番気になるのは音! はたしてどんな音をきかせてくれるのか、楽しみでした。

スパイダーマン(2002.05.04先行レイト SDDS)

まず内装はグレーを中心にしたものに変化。シネコンにくらべるとまだまだ場内が明るいのは否めませんが、上映中壁面が明るい場面などで気になるということはないと思います。ロビーもシックな感じになりました(ステンドグラスも健在!)。シートはどーんと大型化し、傘スタンドとドリンクホルダーも常備され、座席の前後もかなりひろくなりました。これに伴って座席数948に減少。とうとう1000席オーバーは関東圏で3館のみになりました。内装で気に入らない点がひとつ。叫びます。絨毯を座席番号表示で染め抜くのはやめんかい! スカラ座1ほど配色は目立ちませんが、本当にこれはセンス悪いです。コンセッションは一館とは思えない規模のものに変化。しかしながら実はやはり音に関する部分でのあたりでかなり変更が加えられています。またパンフレットですが当サイトの掲示板にもありました通り、『アメリカン・スウィートハート』『ブラックホーク・ダウン』には特別に入っていたようです。ただし諸権利の関係で入れるのが難しくなっているとのこと、『スパイダーマン』は入っていませんでした。

 まずスピーカーが全面的に変わって、アルテックのものからエレクトロボイス(EV)のものにかわりました。EVの導入は新規映画館では、もはや一大潮流となりましたね。それとウォールスピーカーのセッティングが壁への埋め込み式から、出っ張った形のセッティングになりました。またやはりというか、側面部分の壁が布状のもので覆われていました。さわってみると中には吸音するための素材が入っているようでした。セッティングと壁面はまさに映画館の響きをコントロールするためのものですね。ただ意外だったのが天井や壁面の形状(音響ホールのように段差などがある)にまったく変化がなかったこと。もともとこの映画館自体は徹底して音響シミュレーションが施されたものだけにどうなるのか気になっていたのですが、いじらなかったようです。しかしこれは最近のセオリーとは違います。現在は必要な音量で直接放射の音をスクリーン裏(フロント)からストレートに客席に届けます。壁面はやわらかめの素材で吸音し、フラットにはることで間接放射の音が干渉しあいストレートに観客に耳に届きにくくなるようにしています。すると不要な反響が減り場内をこころもちデッド(残響が少なめ)にできるわけです。そこに壁面から飛び出す形でサラウンドスピーカーをとりつけると自然な音場になります(壁面にうめこむと指向性が強調され、へんな響きが出てくる) またついでに申し上げると空調は観客の耳から遠ざけるために天井にとりつけるようになっています。そういう意味で形状をどうするのか気になっていたのですが…

音響面における改装の限界

 さてまず感じたこと。うーん、スクリーンは小さいなあ。だからといって大きさを体感できるところまで座席を前にすると音が楽しめなさそうで。もともとはそういう設計で昔はそれで満足だったわけですが、シネコンに慣れてしまった今は映画館の大きさもさることながら、スクリーンの体感サイズには贅沢になってしまったと思います。それから音ですが、結論からいうとキツネにつままれた感じ。よいのかわるいのか判断しかねました。シネコンの音に慣れた身としては音量も絞った感じに聞こえてしまい、迫力は感じませんでした。以前にくらべてアップしたのは繊細さ。フロントからは気持ちよく出てきます。BGMやSEの響き方はなるほどEVという感じで柔らかい響き方です。が、いかんせん音場の作り方が昔の王道的を脱却していません。スクリーンのはるか奥の方から出て、劇場の前半分で響いている感じ、定位もすっきりしません。また一番不満だったのがダイアローグ。これは響きすぎで人の声に聞こえません。思うに中域の表現力に問題があるのかなと思われます。結局改装と新装では制約が違いすぎるのでしょうね。同じEVを使っているスカラ座1と比較してみても、あちらがオールドスタイルと新しいデジタル音響との妥協点を見いだそうとしているかのような音の作り方をして面白みがあるのと比較しても、またならしこみ不足をさしひいても、ちょっと力量不足かなあという感じです。

変わらないサービス面

 しかし映画館はハードウェアだけではないこともまた事実です。実は今回一番がっかりしたことはですねぇ、音じゃないんです。「いらっしゃいませ、こんばんは」これが係員から出てきたときには目が点。違うでしょう、これは。ここはマクドナルドじゃないんです。しかも制服がかわったのでしょうか。あれはないですよ。メディアージュまでとはいわないもののセンスがよいとはいえないかも。さらに改善されなくてがっかりしたこと、ロビーに並ばせるのはやめてほしい。次回鑑賞客ををロビーで待たせるのは二重の意味で苦痛です。つまり狭苦しい空間での苦痛と、整列で時間を無意味にとられる苦痛です。また騒がしいことこの上ないです。今回は場内までざわつきを感じるような静かな場面がなかったからよかったものの、以前は壁越しに聞こえてきたことがあります。シネマメディアージュでできることがなぜできないのでしょうか? 結局サービス面は変化無しです。シネコンの没個性化が加速されてきた現在、日劇のように歴史がありブランドネームとして集客力もある映画館は本当に貴重です。そもそも今回の改装自体に最初から不満だったのは劇場名を変えたことでした。あの由緒ある名前を18年積み上げてきた信用を捨ててまで、なぜシネコンのようにする必要があるのでしょう。

日劇がめざすべき方向性とは

日劇がなぜ圧倒的な数字を毎年残しているか? それは立地だけでなく日劇という格が要因となっているのではないでしょうか。今回の改装も、確かに映画館のスタンダードが変わってしまったので対応は必要です。しかし設備面の投資には金銭的にも物理的にも限界があります。するとあとはサービスが決定的な差になるのです。サービスもそこまでひきあげてほしい、もっというならシネコンのサービスをけちらすぐらいまでやってほしい。自由定員制ができるならば座席指定もとりくんでほしい。そうすると観客は待つ時間から解放されます。するとあのロビーは無意味にひろいのではなく、まるでヴァージンシネマズのプレミアスクリーンのようなサービスに自然に変化するのではないでしょうか。ドリンクサービスは不必要としても、クロークぐらいは欲しい。映画情報の発信基地としてのサービスカウンターもほしい。シネコンがファーストフードやファミリーレストランのように同レベルのものをコストパフォーマンス優先で提供する路線で行くのであれば、日劇はクラッシィでハイクオリティな三つ星レストランのサービスを目指してほしいものです。ここは映画ファンからカップル、親子連れがあこがれる、流行に左右されない真の映画館の王道を歩むべきです。そしてそのために必要なものはハードウェアだけではなく、サービスが肝要であることをふまえて、さらに素晴らしい映画館として私たちを楽しませてほしいと思います。 

文:じんけし