純粋な視覚体験のすばらしさを思い出させてくれる宝石のような作品

かつてアメリカの撮影監督ゴードン・ウィリスはインタビューでこう語った。
「映画は技能であり、芸術ではない。芸術は技能から生まれる。たとえどれだけ素晴らしいアイディアが思い浮かんだとしても、描けないんだったらくず同然ということ」
また視覚効果スーパーバイザーのリチャード・エドランドはこう語っている。
「コンピュータにカメラの動きをインプットするとき、あえて数値で入力しないで、ジョイスティックで入力することがある。完璧な曲線は数値でえがいた方がよいが、ジョイスティックによる手作業の不完全さがよい味を出すことがある。映画はすべてプロトタイプのようなものだ」
 この2つの言葉は映像制作における真理をついた名言であると思う。そしてこの言葉をふまえれば、アレクサンドル・ペドロフの「老人と海」は、間違いなく真の映像芸術作品であるといえる。彼の制作スタイルはセルアニメと異なり、油彩でガラス上に描き、撮影して、消して、また書いて、撮影するの繰り返し。そしてワンシーンの撮影が終わったとき、そこには最初のコマは存在せずに、手元には最後のコマしか残らないのだ。むろん途中で失敗は許されない。失敗はそのシーンすべてのリテイクを意味する。孤独で繊細な作業の繰り返しだ。しかも今回は前代未聞、アイマックスフィルム作品。実写作品ですらセッティングに関わる手順が煩雑化することを考えると、いかに神経を行き届かせなくてはいけないか、気が遠くなりそうである。
しかしペドロフは作り上げた。わずか23分。しかしこの23分はとてつもない23分である。

この映画が素晴らしいのは、視覚体験として純粋にエネルギーを感じられることだ。大きな画面におどろく。その独創的な絵に驚く。展開される映像に驚く。そしていつしかこのアニメーションの中に入り込み、いつしか老人の心を感じることに驚く。ヘミングウェイの世界を鮮やかに切り取った作品として、至福の時間を過ごすことが出来る。

私は昨年の上映で見ることが出来た。海の表現に圧倒された。でもお客さんは少なかった。とにかくそれが残念だった。しかし! なんという吉報だろう! なんとオスカーを受賞したというニュースが飛び込んできた。オスカー受賞も嬉しいが、これならば再び上映される機会も少なくないだろう! それがなによりも喜ばしい。百聞は一見にしかず。ぜひ劇場へ!

店主じんけし

再上映の予定

詳細、最新情報は「老人と海」公式サイトへ!