新宿ピカデリー訪問記

 このサイトの出発点は映画にまつわる何でも情報でしたが、その中でも大きな柱が映画館訪問記でした。事実私のレポートはシネコンの黎明期から成熟期への変化の時期と重なり、現在の隆盛ぶりは信じられないものがあります。しかし最近私はこういう形でシネコンレポートを書かなくなってきました。シネコン隆盛の弊害が取りざたされるようになった昨今。私自身もいくつか感じていることがあり、その理由の中に私がレポートを書きたくなるような映画館ができていないというのがあります。
 映画館の設備としてはデジタル音響が当たり前となり、THXシアターも多数建設され、サービス面では立ち見のない各回定員制が既成の劇場にも定着し、ドリンクホルダーがシートについているのが当たり前になりました。課題はありますがサービスも向上しました。しかしどこも中堅クラスの無個性な映画館が大量生産されるだけになりました。最後にレポートを書いたシネプレックス幕張から4年、書いてみようかと思ったのはシネプレックスわかばとTOHOシネマズ二条ぐらいでしょうか。
 そんな私に火をつけた映画館が登場しました。それが7月19日にオープンした新宿ピカデリーです。ここは久しぶりに登場した設備的にも超弩級のスケールを誇る施設でした。

 ではまず場所の確認をしましょう。といっても首都圏の映画ファンにはおなじみの、旧新宿松竹会館(新宿ピカデリーや新宿松竹があったところ)です。JR新宿駅か東京メトロの新宿三丁目ということになります。ここはちょうど地区としては歌舞伎町地区との境目になり、近所にはテアトル新宿があります(このあたりは別項で)。同じ建物にはMUJI新宿が地下から2階まで入っていますが、それより上は映画館のみ。つまりほぼ単体で映画館の建物と言ってもよいでしょう。近年都心部にある映画館では珍しいケースだといえます。外観や内装は白を基調としており、一般的なシネコンとは一線を画す雰囲気を作っています。
 3階がメインロビーとなっています。エスカレータからあがってくると、まずオンラインチケットの発券機、そのあとにチケット売り場となっており、コンセッションやグッズストアも機能的にレイアウトされています。新機軸としてはチケット購入時に座席の販売状況がリアルタイムで客にモニタで提示される点。いつもはパウチのシートなどで提示されることが多いのですが、これは便利だと思います。コンセに関してはいくつか不安点があります。まず全体のキャパとしては10スクリーンで2200席近くあるだけに混雑時にコンセが小規模であること。またここも新宿バルト9のようにコンセがロビーフロアにしかなく、上層階で鑑賞する際、1度あがってから欲しいとなるとかなり難儀します。またここは残念ながら音響フォーマットの表記が全くありません。ホームページはおろかシアターの入り口にもありません。この点はスピーカーなどをウリにしているだけにぜひぜひ再考をお願いしたいところです。

『ダークナイト』
(2008年8月14日スクリーン1 SRD)
 さてお目当てのメインスクリーンはオープン直後、たいした作品がかからなそうだったので見送りましたが、この日はここみたのはばりばりのメジャー大作『ダークナイト』。作品も待ちに待ちましたが、映画館も楽しみです。
 ここはプラチナシートが別フロアにあるのでシートの配置はスタジアム形式のようなきつい傾斜という感じまではいきません。スクリーンはやや見上げる形になります。スクリーンの感覚はMOVIXのメインシアターに似ていて、後方にいるとあまり大きなスクリーンでみたという感じはしないかもしれません。座席はハイバックタイプ。前後の感覚はかなりひろいです。背もたれにも席番が染め抜いてあるのはいいですね。
 場内に入るとまず目をひくのが大型のサラウンドスピーカー。ここはJBLのスピーカーですが、このサイズは映画館ではみたことがありません。シネプレックスがHDCSを設置しているところには、大容量のEV社のスピーカーを採用しています。これによってサラウンドチャンネルの音に厚みが出ていましたが、発想としては同じでしょう。昨今はサラウンドチャンネルでもアクション物などでは低音域成分が入ったり、ることもあり、この容量ならば余裕でドライブできます。ちなみにステージスピーカーは6ウェイ(現在はTOHOシネマズや109シネマズなどが4ウェイを導入していた)。で、その音ですが…、
素晴らしいの一言です!
 こういうJBLの音のなり方を映画館で体験するのは初めてかもしれません。いわゆるデジタルシネマサウンドな乾き方ではないのです。

 かつてのアナログ音声の映画館は大きな音をより効率よく響かせることがもとめられました。しかし現在の映画館は直接音できちっときかせるデジタルシアターの思想を持っています。中でもJBLのスピーカーがある映画館の傾向はカラッとしたクリアな音を楽しめます。しかしデジタルサウンドにはいくつかの弱点があります。抜群のSN比を誇りながら大音量でなるとアナログと比較すると定位感に欠け、音像の細かな描き分けが難しくなることがあります。これはダイナミックレンジがひろいにもかかわらず直接音で届けようとするところのデメリットです。実際私が今までJBLのスピーカー設置館で鑑賞した時に、そう感じたことが少なからずあり、その中にはアンプがスピーカーを駆動した感じに余裕が感じられないときもありました。ところがここは音が分厚い。かなり大きめの音量でしたがまったく歪まない。それどころか鳴り方に余裕が感じられるのです。シネプレックスわかばの低音部の表情の豊かさには感激しましたが、ここは中域から低域までが豊かなのです。銃声の瞬発的な響きと劇伴の弦楽器が見事に共存している。オープンして間もないにもかかわらずこの素性の良さには鳥肌が立ちました。

新しいデジタルサウンドシアターの基準になるのか?

 デジタルサウンドが映画の世界に登場してすでに16年。思ったほどサラウンドバックチャンネルは普及せず、映写の世界がDLPなどで革新的な段階に突入する中で、音響の部分はもはや進化の余地がみえない段階にまで来ていましたが、いやはやどうして。この音は新しいデジタルサウンドシアターの基準となるかもしれません。上映という部分での設備に関しては文句のつけようがありません。ただし。ここはそれなりの背景を持って松竹が作った超弩級のフラッグシアター。ここまでのコストをかけてウリになるのかどうかは何とも言えないところです。

 次回は徹底検証ということで新宿バルト9との比較、そしてシネコンは今後どうあるべきかをあらためて考えたいと思います。

文:じんけし(2008.08.25記)